2019/07

<< July 2019 | 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>


LATEST ENTRIES

 

ARCHIVES

 

RECENT COMMENT

 

LINKS

 

ADMIN

 

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

 

  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -
  • pookmark


くのいちへの一歩



【油日神社。椿もきれいでした】



【油の缶がたくさん積まれておりまする】



【太郎坊宮の本殿前から岩山を見上げます。いかにも、修験道…な感じ!ご神体にぴったりの山ではありませんか】



【太郎防宮本殿前からの眺め!どこまでも広がる里の風景に感動です。】



【聖徳太子創建の教林坊にて。太子像です。】



【遠州作の庭を、掛け軸に描かれた山水画のように眺めることができる出窓。素敵すぎじゃない?】


ずいぶん前に、いずれ忍術を習いたいと思って以来、なかなか手をつけられずに2年くらいたってしまいました。
月8000円の月謝と、道場に通う「定期的」スケジュール調整の難しさ、という2つのネックゆえ。

けれども忍者への夢は捨てきれず、いつか忍びの里へ…と思っているうちに、お仕事でそんなチャンスが舞い込んできました!

忍びの里として有名な二大スポットといえば、伊賀と甲賀ですね。
松尾芭蕉リスペクト、かつ、いつもお世話になっている美容師さんが伊賀出身、という理由により、何となく伊賀の方が親しみを感じていたんですが、今回訪れたのは、現滋賀県南部に位置する、甲賀のあたりでした。
(ちなみに甲賀、これ「こうが」じゃなくて「こうか」って読むのが正しいんですってよ。)

今回のツアー、タイトルは「近江『かくれ里』に導かれて」です。
「かくれ里」!いかにも忍者がかくれていそうな名前!
ですが、実際には、白州正子の書いた紀行文のタイトルなのでした。
最近、NHKのドラマで白州次郎がとりあげられたり、この夫婦のことがとみに注目を集めている気がします。
白州次郎は、戦後GHQ占領下の日本にあって、ただ一人、日本人ばなれした迫力でマッカーサーと渡り合ったと言われている人で、その奥さんである白州正子は、素晴らしい審美眼を持った随筆家として戦後多くのエッセイや紀行文を残して有名になった人です。
どちらも外国暮らしの経験があり、夫婦の会話をわざわざ英語でするような西洋かぶれで都会的なカップルだったにもかかわらず、第二次世界大戦中、戦火を逃れ食糧を確保するという実をとるために、迷わず当時ど田舎だった町田のあたりに居を構え、自ら畑を耕して百姓生活をしていました。
その時の家、武相荘、が今も残されており、ひそかに有名な観光名所として時々ツアーの中にも組み込まれていたりするのです。

ちょうど新聞に武相荘の記事が出ていたり、くだんのドラマを見たりして、何となく2人のことが気になっていたところにこのお仕事。
とっても嬉しかったです。

さて、その「かくれ里」というのはどんな本かというと、書かれたのは、新幹線や高速道路が整備され、ちょうど大型バスでの紋切型観光ツアーが主流になりつつあった時代。
そんな世の中の風潮にいくばくかの反発を覚えた白州正子が、幹線道路の横道にそれて誰も訪れないような里に分け入っていくと、そこに本当の歴史があり、美しい伝統や風景が残っている、ということを発見しエッセイにまとめたものです。
「観光地」の裏にひっそりとかくれている、誰も知らない本物の土地「かくれ里」。
その中のひとつとして、甲賀周辺も彼女のお眼鏡にかない、その本に名前を連ねることになったわけです。
今回は、その本の中に登場した油日神社(あぶらひじんじゃ)、礫野寺(らくやじ)、石塔寺(いしどうじ)、太郎防宮(たろうぼうぐう)、教林坊(きょうりんぼう)の5箇所を回るというツアーでした。

はっきり言ってかなり珍しい、相当なマニアックツアー!
ベテランのガイドさんですら、「こんなところツアーで案内したところ無い!」と言うほどのマイナーな場所を次々に回って行きました。

私もかくれ里を全部読み終わっていたわけではないのですけど、その言葉の響きと、甲賀にのりこむドキドキ感と、そして極力観光地化していないひっそりとした寺社仏閣が大好き、ということでかなり期待していたのですが…
どちらも、期待どおり、いやそれ以上に魅力的なところで、とっても満足しましたよ!

油日岳をご神体として山の麓に立っている油日神社のしずかなたたずまい。
そこに保管されている面が有名なのですが今回それを見ることはかないませんでした。
それでもなかなかどうして!長い時間をかけて土地の人たちの信仰心を請け負ってきた社の責任感というか、小さいながらもどっしりとした存在感と、いい感じに朽ちてそれがますます魅力に磨きをかけている古めかしい建物の表面にドキドキです。
「油日」の名前ゆえ、油の缶がたくさん奉納されているのもまたおかし、でした。

そしてあまりの素晴らしさに言葉を失ったのは、太郎坊宮本殿前からの眺め。
太郎坊山という岩山の上にまつられている阿賀神社は、聖徳太子の時代から霊験あらたかと言われ、修験道の場としても栄えたり、これまた山ごと長い間信仰を集めてきたところです。
里の中に突然ぽっかりうかぶ岩山の山腹にある本殿をめざし、駐車場から200段ほどの階段をのぼっていくのですが、岩山自体のパワーもさることながら、のぼりきったところから眼科に広がる東近江市の田畑や家並みがあまりに素敵で!
お客さんもみなさん、とっても嬉しそうにしてらっしゃいました。
ここはほんとうにありがたい感じがした。

そして最後に訪れた教林坊。
聖徳太子が創建し、ご本尊もなんと太子が自分で彫った(と言われている)小さな石仏。
もう摩耗してしまって形は曖昧ですが、それがかの有名な小堀遠州(二条城の庭園とかもデザインした人)によるこじんまりとしながらも美しい石庭の中に埋もれるように立っていて、とてもとても良いのです。
駐車場から坊の入口までの小道がまたいかにも「これ普通絶対ツアーで来ないだろ!」て感じの歩きにくい道で、お客さんは苦労していたけど私は一歩歩くごとに「わぁ〜★」と感動しておりました。
ここは特に、もう一度訪れたいところ!

そしてまた、その土地自体がいいのです。
歴史の表舞台には登場せず裏の世界を請け負ってきた里ならではの、わびしい感じ自体が何とも…たまらないのでした!

うーん、伊賀も良さそうだけど甲賀もいいわ、とこれは認めざるを得ないですね〜。
ツアーなのでそれぞれをゆっくり見ることはできなくてとても残念だったけれど、発見させてもらえただけでもすごくうれしい。
またひとつ、好きな場所が増えたことをとても幸せに思います。


スポンサーサイト

 


comment










(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved. 
designed by ホームページ制作 Tip3's │無料WEB素材 --Design-Warehouse--